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トコジラミの生存を支える共生細菌ボルバキアのビタミンB7合成能力②

遺伝子の水平転移で獲得したボルバキアのビタミン合成遺伝子群

【研究の経緯】

産総研では、昆虫の体内に共生する微生物がもつ植物適応、害虫化、農薬耐性などの重要な生物機能の解明(2004年3月25日、2007年6月13日、2012年4月24日 産総研プレス発表)や、生殖操作、垂直伝達、共生維持などの宿主昆虫と共生微生物の間の高度な生物間相互作用の理解(2007年7月2日、2012年5月28日 産総研主な研究成果、2013年6月11日 産総研プレス発表)などに取り組んできた。特に共生微生物と宿主昆虫間の遺伝子水平転移が生物進化に果たす重要な役割について特筆すべき研究成果がある(2002年10月29日、2013年6月21日産総研プレス発表)。また、吸血性昆虫と共生微生物の関係については、昆虫類に広くみられる寄生的な共生細菌のボルバキアが、トコジラミでは例外的に、餌の血液中に欠乏しているビタミンB群を供給する栄養相利共生細菌であることを解明した(2009年12月22日 産総研プレス発表)。

 今回はこれら一連の先行研究を背景に、もともとは寄生細菌であったボルバキアがなぜトコジラミの相利共生細菌に進化したのか、またトコジラミとボルバキアの共生関係で、特に重要なビタミンBはどれなのかといった問題に対して、ゲノム生物学や実験生理学的アプローチから解明に取り組んだ。

 なお、本研究は、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センターと文部科学省 科学研究費補助金の支援を受けて行った。

 

【研究の内容】

 

ボルバキアが局在しているトコジラミの菌細胞塊を集めてDNA試料を調製し、約125万塩基対の環状DNAからなるボルバキアの全ゲノム配列を決定した(図1)。すでに決定されているキイロショウジョウバエ、オナジショウジョウバエ、ネッタイイエカに寄生するボルバキアのゲノム配列(約127~148万塩基対)と遺伝子の数や組成はよく似ており、トコジラミのボルバキアに特有なゲノムレベルの特徴はみられなかった。ところが、ビタミンB合成系の遺伝子群を比較したところ、他のボルバキアのゲノムにはビタミンB7(ビオチン)合成系の遺伝子群が全く存在しないのに対し、トコジラミのボルバキアのゲノムには6個の遺伝子がすべて存在していた(図2)。

 

トコジラミに共生するボルバキアのゲノム構造の図
図1 トコジラミに共生するボルバキアのゲノム構造

 

各種ボルバキアゲノムにおけるビタミンB群の合成経路の有無の表
図2 各種ボルバキアゲノムにおけるビタミンB群の合成経路の有無
“完全”、“不完全”、“欠失”はそれぞれ合成系遺伝子群がすべて存在する、一部が存在する、全く存在しないことを示す。トコジラミのボルバキアだけがビタミンB7の完全な合成経路を持つ(赤丸)。

 

 トコジラミのボルバキアのゲノムでは、6個のビタミンB7合成系遺伝子はひとかたまりに並んでオペロンを形成していた。このような特徴は、系統的に近縁な細菌であるアナプラズマ(Anaplasma phagocytophila)のゲノムにはみられなかった。一方、昆虫類の寄生的共生細菌であるカルディニウム(Cardinium hertigii)や、ダニ類や昆虫類の寄生/共生細菌であるリケッチア(Rickettsia sp.)のプラスミド、ブタに腸炎を引き起こす病原細菌のローソニア(Lawsonia intracellularis)など、系統的には必ずしも近縁ではない多様な細菌のゲノムにこの特徴がみられた(図3)。分子系統解析から、ボルバキアのゲノム上に存在する6個のビタミンB7合成系遺伝子はすべて上述の細菌類に近縁であった。特にカルディニウムのゲノム上に存在する遺伝子に最も近縁であった(図4)。

 

トコジラミのボルバキアとその他の細菌のゲノム上でのビタミンB7合成遺伝子群の配置の図
図3 トコジラミのボルバキアとその他の細菌のゲノム上でのビタミンB7合成遺伝子群の配置

 

トコジラミのボルバキアのゲノム上に存在するビタミンB7合成遺伝子BioHがコードするアミノ酸配列に基づく分子系統樹の図
図4 トコジラミのボルバキアのゲノム上に存在するビタミンB7合成遺伝子BioHがコードするアミノ酸配列に基づく分子系統樹
括弧内は細菌のグループ、枝上の数字は各系統群の統計的信頼性(%)を示す。他のビタミンB7合成遺伝子についても同様の結果が得られた。

 

 以上をまとめると、(1) ほとんどのボルバキアはビタミンB7合成系の遺伝子を欠いている。(2)トコジラミのボルバキアだけは完全なビタミンB7合成系の遺伝子をもっている。(3) トコジラミのボルバキアのゲノム上ではビタミンB7合成系の遺伝子群はコンパクトなオペロン構造をとっている。(4) カルディニウムのゲノム上でもビタミンB7合成系の遺伝子群が同様のオペロン構造をとっている。(5) 分子系統解析よりトコジラミのボルバキアのビタミンB7合成系の遺伝子はカルディニウムの遺伝子と最も近縁である。(6) ボルバキアもカルディニウムも昆虫類に広くみられる共生細菌であり、しばしば同じ宿主昆虫に共感染している。これらの一連の事実から、トコジラミのボルバキアのゲノム上に存在するビタミンB7合成系の遺伝子群は、おそらくはトコジラミの祖先で共感染していた共生細菌カルディニウムから、オペロンとしてそっくりそのまま遺伝子水平転移により獲得された可能性が高いと考えられる。

 

 ボルバキアのビタミンB7合成系の遺伝子群の、宿主トコジラミにとっての生物学的な意味について検証した。

 

 通常のウサギ血液を与えて飼育したトコジラミ4令幼虫と、抗生物質を添加したウサギ血液を与えてボルバキア感染を除去したトコジラミ4令幼虫について、体内のビタミンB7含量を測定したところ、ボルバキア除去虫のビタミンB7含量はボルバキア感染虫に比べて低かった(図5A)。これは、ボルバキアのビタミンB7合成遺伝子群が確かに機能して、宿主トコジラミにビタミンB7を供給していることを示す。

 

 ボルバキア感染を除去したトコジラミ幼虫を通常のウサギ血液で飼育すると羽化率は著しく低かったが(図5B右)、ウサギ血液にすべてのビタミンB類を添加すると羽化率は90 %以上に回復した(図5B左)。また、ビタミンB7以外のすべてのビタミン類を添加したウサギ血液で飼育したところ、羽化率は60 %程度となり(図5B中)、すべてのビタミンB類を加えた場合よりも低下した。このような栄養生理学的な解析から、トコジラミのボルバキアのビタミンB7の供給能力は、確かに宿主トコジラミの成長や生存を支える重要な役割を果たしていることがわかった。

 

トコジラミのボルバキアによるビタミンB7の合成・供給機能の解析の図
図5 トコジラミのボルバキアによるビタミンB7の合成・供給機能の解析

 (A) ボルバキア感染4令幼虫とボルバキア除去4令幼虫のビタミンB7含量。(B) 餌のウサギ血液にビタミンB類をすべて添加(左)、ビタミンB7以外のビタミンB類をすべて添加(中)、無添加(右)で飼育したボルバキア除去幼虫の成虫羽化率。*は統計的に有意な差があることを示す。棒グラフ中の数字は分析した個体数を示す。

 

国立研究開発法人産業技術総合研究所HPから抜粋